60進法と10進法@夏休み子ども科学電話相談

導入

NHKラジオの「夏休み子ども科学電話相談」、近年は大きなおともだちにも人気です。

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先日(2017年8月25日)の9時20分頃の、4年生のおともだちからの質問は、その中でも特に素晴らしい質問のひとつでした。

1時間は60分で、1分は60秒なのに、どうして0.1秒が10個で1秒になるんですか?

番組中での回答は、こんな感じ(「聞き逃し」サービスで確認しました)。

1年が12ヶ月なのは、月の満ち欠けに関係している。 また、1年は地球が太陽を1周する時間。 1周は360度。似てるよね。角度と時間は、歴史的に似てるの。

さて、色々な単位をまとめたものの1つに「CGS」というのがあるのね。 で、その中の「S(秒)」は、基本の単位。 その1秒未満を、60進法であらわすと面倒なので、10進法を使ってます。

単位は他にも色々あるし、国によっても違います。 単位で大事なことは、自然とかの変化をどう表現してきたか。 面白いので、ぜひ自由研究してみて。

うーん、あの素晴らしい質問への回答としては、ちょっと微妙。

ということで、ちょっと書いてみます。

時間の単位とその関係

時間の主要単位は、現代では、年、月、日、時、分、秒です。

このうち、「年」、「月」、「日」はそれぞれ、「地球の公転周期」、「月の公転周期」、「地球の自転周期」が元になっていることは言うまでもないでしょう。月と日は明らかに見れば分かりますし、年は季節の移り変わりから必然でした。

ここで、「年」と「日」は日常生活や食べ物の確保のために、多くの文化で同じ間隔が使われていたようです(もっとも、赤道直下付近だと、年は少し違ったかもしれません)。一方、「月」は微妙でした。1年を月の公転周期で割ると整数になりませんから。この話は巨大すぎて扱いきれないので割愛。

さて、次は「時」、「分」、「秒」です。これは、実際にはそれほど統一的ではありませんでした。例えば古代中国では1日を100分割する「刻」という分け方がありました*1。その後出てきたのが、1日を12分割する時辰。この考え方が日本にも伝わりました。「草木も眠る丑三つ時」といった言い回しや、落語の「時そば」は、この分け方があってのものです。

一方、例えば古代エジプトの日時計で、12分割されたものが発掘されています。日時計は日中だけですから、半日を12分割していたということですね。

こういった時間の分け方は、近代以降に全世界で共通化されていきます。日本なら明治以降ですね。

ちなみに、「分」は英語で「minute」ですが、その語源は(ランダムハウス辞書によれば)ラテン語で「小さくする」という意味の動詞の過去分詞。「秒」の英語「second」は、「第2の」の「second」そのものです。これは西洋中世の用法からきているようです。

Sexagesimal - Wikipedia

In medieval Latin texts, sexagesimal numbers were written using Hindu-Arabic numerals; the different levels of fractions were denoted minuta (i.e., fraction), minuta secunda, minuta tertia, etc.
(中世ラテン語文書では、60進法の数値をインド-アラビア数字(算用数字)で記した。その際には、より小さな値は、段階的にminuta(端数)、minuta secunda、minuta tertiaといった形で表した。

国立天文台のサイトにも、ありますね。

暦Wiki/要素/1日とは?/分・秒とは? - 国立天文台暦計算室

英語のminuteやsecondは古代バビロニアの60進法に由来します。
- pars minuta prima (第1の小さい部分) = minute (')
- pars minuta secunda (第2の小さい部分) = second ('‘)
- pars minuta tertia (第3の小さい部分) = third (’‘')
- pars minuta quarta (第4の小さい部分) = fourth (’‘’‘)

角度の単位でも、度(degree)の60分の1で「分(minute)」、さらに60分の1で「秒(second)」で表しますが、これも元は上のような分割の表現から来ています。現代では通常の単位に「ミリ」「ナノ」などの単位接頭辞がつけられますが、その西洋中世版と考えればよさそうです。

12進法や60進法の背景は「指の骨の数」か「約数の豊富さ」か

さて、ここで出てくるのが「なぜ12進法や60進法が頻出するのか」。これについては、前述のWikipedia英語版「60進法」の「起源(Origin)」に記載があります。

  • 「片手の親指で、他の4本の指の骨のどれかを指すことで12まで数えて、もう片手の指で反復回数を示すことで、60まで数えた」説
  • 「60は2,3,4,5,6など多くの約数をもち便利だから普及した」説
  • 「複雑な歴史的経緯のため」説(複合要因説)

ここからは「指で数えるのが起源で、使ってみたら約数が多くて便利だったから広まった」と説明すると妥当な印象を受けます。

10進法も結局は「人の指が10本あるから」に過ぎないのではないでしょうか。実際、コンピュータは最小の区分である2進法を基にするため、小数も2進法で記述します。

itpro.nikkeibp.co.jp

ちなみに、Wikipedia英語版「古代メソポタミアにおける計測単位」には、長さ、距離(長さとは別)、面積、体積、重量、時間の代表的な単位の表と比率が書いてありますが、多くは6進法、12進法、60進法だったので、様々な経緯で12進法が有力になっていたようですね。

10進法の拡大は近代から

10進法自体は、古代から使われていました。たとえばローマ数字も、位取りはないものの、10進法が基盤です。Wikipedia日本語版「10進数」によれば、多くの言語で数詞は10進法が基準だとか(この部分は珍しく日本語版の方が英語版よりも記述が豊富です)。

また、小数の10進法表記は、英語版Wikipedia「10進法(Decimal)」によれば、(紀元前4世紀の)中国が起源だそうです。

しかし、10進法が広がったのは、フランス革命が契機でした。

フランス革命暦 - Wikipedia

十進化時間 - Wikipedia

メートル法 - Wikipedia

フランス革命では、カトリックへの反発も強かったため、主導者たちはグレゴリオ暦を否定し、独自の暦と時間を作りました(もっとも、月の名前は古代ローマの神々や皇帝皇帝みたいな人やただの数字ですし、曜日も古代に起源があるわけですが……)。

その後、さらに「十進化時間」も導入。これは「時」「分」「秒」の代わりに、1日を10分割した「(十進化)時」、それを100分割した「(十進化)分」、さらに100分割した「(十進化)秒」を使うと定めたものです。

結局、あまりにも性急だったために「フランス革命暦」は10年強、「十進化時間」に至っては導入後わずか半年で廃止されましたが、この時代の「10進法は理性」という考え方がメートル法に反映され、現代のSI単位系に至る10進法の世界が実現されたといえるでしょう。

なお、時計の精度については、17世紀に大幅な進歩があり、秒単位で時間が分かる時代になっていたようです。その背景には、イエスズ会と大航海時代がありました。

いずれもソースとしてはWikipedia日本語版「時計の歴史」を挙げておきます。この項目は主要な部分が英語版の翻訳で、参照文献も記載されています。

まず、「振り子時計」の一節から。

17世紀および18世紀の振り子時計に欠かせない存在なのがイエズス会である。1秒単位で正確な時計が作られており、イタリアの天文学の父ジョヴァンニ・バッティスタ・リッチョーリはこの時計を9人のイエズス会の会員に対して「1日(86,400秒)に87,000回ほど振動している」と解説している。

次に「海洋クロノメーター」から。

海洋クロノメーターは海上で時刻系を測るための時計であり、大航海 (celestial navigation) で経度を求めるためのものである[133]。18世紀、経度が分からなくなり位置を失った船舶の事故が相次いだため、イギリス議会は1714年に、1日の誤差が3秒以内の時計を作った者に2万ポンドの賞金を出すという経度法を制定した。

このようにして、18世紀には時計の精度はあがっており、フランス革命の頃には「秒」単位の時間の認識も普通になっていたと思われます。そこに突然の「十進化時間」ですから、普及せず廃止されたのでしょう。

まだまだ10進法になってない地域もある

日本にいると、多くの領域で10進数が普通になっているように感じられますが、そうでない地域もあります。代表格といえるのは、アメリカ合衆国でしょう。

blogs.yahoo.co.jp

markethack.net

米国人は、1未満の数を、とりあえずquarter(1/4)で捉える傾向があるようです。さらに人によっては1/8、1/16も扱うようですね(この辺は12進法、60進法ではなく、ひたすら2で分割しているわけですが)。

まとめ

  • 「秒」以上の分け方が12進法や60進法なのは、古代から続くものが慣例になっていたから。
  • 「秒」未満の分け方が10進法なのは、近代以降の考え方が新たに導入されたから。
  • 「秒」が境界になったのは、18世紀までの時計の進歩で「秒」単位まで一般に認識されていたから。

こんなところでしょうか。

ちなみに、先日この番組のプロデューサーに対するインタビュー記事が出てました。

nlab.itmedia.co.jp

この記事で、インタビュアーから次のような質問が出ます。

ちなみに私は文系なんですが、「夏休み子ども人文科学電話相談」は作っていただけないんでしょうか……?

それに対するプロデューサーの回答がこちら。

えーとですねえ…………これは番組側じゃなくて私の考えで、ちなみに私も文系なんですけれども、……人文系は答えが果てしなく存在しますよね……。「分かりましたか」「分かりました」で丸をつけて次の人に行く、というフォーマットで演出しているので、難しいかもしれないなと言う気はします。「分かりません」では終われないので。

冒頭の質問は、私の考えでは自然科学だけでなく歴史や文化(人文科学)も含むため、番組の範囲を超えていた面もあったと思います。

いずれにせよ、あの質問をしたおともだちには、最大限の賞賛を送りたいと思います。

*1:この「刻」は864秒、つまり14分24秒。現代の中国でも「15分」の意味で使う場合があるそうです